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2008年1月20日日曜日

ナ・バ・テア

スカイクロラの続編。きれいなオレンジ色の本です。
内容は、深すぎで斜め読みでは、つかめません。
まだ続編が3本あるので、それを読みきるころには
いろいろなことが見えてくるのではなかろうかと思っています。
すごくフワフワしていて掴みどころがない小説です。

2008年1月18日金曜日

空中ブランコ


インザプールの続編「空中ブランコ」です。
直木賞受賞作ということもあり、張り切って読みましたが、
「インザプール」の時に受けた衝撃に比べると、いまひとつでした。
「インザプール」を呼んだときの、小さいことで悩んでも仕方が無いぞおまえたち感が縮小していて残念でした。
悩みがある人は、インザプールを読みましょう。ふっきれます。

2008年1月6日日曜日

東京奇譚集

久々の村上作品を読みました。
奇談集というタイトルから羊男なみの不思議話が多いのかと思いましたが、基本的は素敵な偶然の話が多かったです。
最後のお話である品川サルは不思議サルのお話で一番好みでした。

2008年1月5日土曜日

スカイ・クロラ


初めての森博嗣 作品です。
年末年始は、とにかく小説ブームでした。
この作品は、時代背景があいまいで主要人物の容姿の描写があいまいで情景が想像しづらい要素が多いのもかかわらず、想像できてしまうけれどもその想像もあいまいでどこかに違和感がある。不思議な世界感でした。続編があるようなので、いつか読みたいです。

2008年1月4日金曜日

容疑者Xの献身


さらにシリーズ3作目も購入。
今回の旅は、横浜日帰り弾丸ツアーであったために、
3冊の小説を用意しました。
移動時間10時間の間には、2冊しか読めませんでしたが、
ドラマになるだけあり、面白かったです。
シリーズの中では、唯一の長編である3作目が一番ドキドキしながら読めました。次回作が楽しみです。

2008年1月3日木曜日

予知夢

さらにシリーズ第2作も購入です。

2008年1月2日水曜日

探偵ガリレオ


旅のお供に小説を読もうと思い、購入。
ドラマにもなっていたので、とっつきやすそうだというのが
この作品を選んだ理由です。

2008年1月1日火曜日

茂木健一郎科学のクオリア

茂木健一郎の対談本です。
日本古来の呼吸法、密息と錯視の回が興味深い内容でした。

2007年12月12日水曜日

The Book


ジョジョの奇妙な冒険のノベライズ本を読みました。
人気参加 乙一さんが書いているので、
さくさく読めます。
ただ、結末はちょっと少年誌的ではなく、不満でした。

2007年11月20日火曜日

ユリイカ 2007年11月臨時増刊号


ユリイカのジョジョ特集本を読みました。

表紙の絵が綺麗だったので、ついつい買ってしまいました。

とことん好きになれば、一つの漫画でここまで多種多様な
解釈ができるのだと感心しました。
何事もとことん好き詰めて、細部まで楽しむことは
とても重要なことだと気付きました。

2007年11月10日土曜日

SAMURAI佐藤可士和のつくり方


佐藤可士和の奥さんが書いた本です。
当たり前のことがおろそかになりがちなクリエイター(建築家含む)は、必読本ではないでしょうか。
どんなにすばらしい建築を作っても、一般常識や社会人としての最低限のルールを守れないようでは、広く一般に受け入れられる人にはなれないということを改めて教えられました。
日ごろ、よいものを作るためには遅れたって構わないというような感覚を持っていてはいけません。
佐藤悦子さんがもっとも優れている点は、時間の管理能力の高さではないかと思います。相手の能力を正確に把握し、クオリティが下がらない量の仕事を割り振る。デザインの時間を確保するために、雑務をいかに効率よく行うかなどなど。見習うべきところは多々あります。
僕もこんな風に管理されたいです。

2007年10月26日金曜日

生物と無生物のあいだ



「生物と無生物のあいだ」を読みました。

哲学的なことを期待して読み始めたのですが、

とても科学の話でした。

でも、偉人の話を交えながらストーリがある展開は、

とても読みやすい科学の本です。

以下、建築のコンセプトに応用できそうな部分の抜粋です。

「生命とは、自己複製を行うシステムである。との定義が生まれる。そしてこのことは、DNAがもつ美しい2重ラセン構造に明確に担保されている。構造がその機能を体現する。」
「貝殻の美しさは、生命がもたらした動的な秩序がもたらす美である。」
「生命現象が原始に対して圧倒的に大きいのは、原子が統計的な振る舞いを行うためであり、平均から外れた原子の振る舞いに左右されないためである。」
「それは決してランダムな試行と環境によるセレクションによるものでなく、そのような淘汰作用よりも下位の次元であらかじめ決定されていることなのである。ランダムなのはむしろそのときの原子や分子のふるまいであり、その中からいかに秩序が抽出しうるかが問題となる。そのための大前提として、いみじくもシュレーディンガーが看破したように、原子に対して生物は圧倒的に大きい存在である必要があるのだ。」
「肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔たれてた個別としての実体があるように感じている。しかし、分子のレベルではその実感はまったく担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出て行く分子との収支が合わなくある。」
「エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れこそが、生命の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになるのだ。」
「生命は、その内部に張り巡らされたかたちの相補性によって支えられており、その相補性によって、絶え間のない流れの中で動的な平衡状態を保ちえているのである。」
「ある場所とあるタイミングで作り出されるはずのピースが一種類、出現しなければそのような自体がおこるだろうか。動的な平衡状態は、その欠落をできるだけ埋めるように平衡点を移動し、調節を行うとするだろう。そのような緩衝能が、動的平衡というシステムの本質だからである。」
「機械には時間がない。原理的にはどの部分からでもつくることができ、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。機械の内部には、折りたたまれて開くことのできない時間というものがない。生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度折りたたんだら二度と解くことができないものとして生物はある。」
以上が感銘を受けた部分です。
特に太字部分は、建築に当てはめることができれば、面白そうです。
隈さんの弱い建築だったりするのかも知れませんが・・・。
それぞれの建築の流れを見定め、その流れの中におくことでエントロピーに逆らった建築というものを頭の片隅において設計してみたいと思います。

2007年9月23日日曜日

芸術脳



芸術脳を読みました。
特に記憶に残ったことが二つ。
ひとつは、天野祐吉さんとの対談から
「批評というのは対象をけなすことじゃなくて、基本的に対象をほめる行為だと思っているんです。ただ、ほめ方がどうその対象の本質につながっているかが問題だと思っている。作った人が「ここがいいでしょう」って得々している部分をほめたってしょうがない。そうじゃなくて、作り手が「えっ!おれってこんなことまで考えて作ってたっけ!」ってびっくりするような部分まで掘り下げてほめてあげなきゃ批評する意味がない」っていう部分と
二つ目は、
「創造的先送り協会っていうのが、アメリカに最近できたらしいんですよ。大抵の問題は先送りしていくうちに解決するんだから、それはつまりその大抵の問題はやらなくてもすむなんだって主張している人たちがでてきた」って部分です。
前者は、ものの見方についてとても示唆的で実践すべきことだと思いました。
作り手が気づいていない部分に気づくのはとても大変なことだけれども、
富に建築についてはそういう意識で見ることを心がけます。
後者は、そのまんまゆるい感じが好きです。

2007年9月13日木曜日

サウスバウンド


奥田 英朗さんの小説です。
正しい個人主義の理想形を垣間見た気がします。
個人が自分の考えを持ち、
無欲でいれば、
国や法律は、いらないような気にさせてくれます。
しかし、無責任に理想を語るのではなく、
でも、人口が増えて人が集まるとそうはいかなくなることも
最後に為政者側が勝つことで
現代の社会を批判しながらも見つめなおしています。
どうすれば、南の島のようなみなが助け合い、
仲良く暮らす社会が作れるのでしょうか。
この本を読んで、僕も南の島での暮らしに憧れを持ちました。
人の温かさを感じで暮らすことはとても幸せなことだと思います。

2007年9月4日火曜日

アサッテの人

今年上半期の芥川賞受賞作です。
アサッテについてのお話です。
アサッテとは、まさにアサッテです。
小説の中の作者が小説について解説しながら、
その小説が進んでいきます。
小説の中の作者のおじの
アサッテ的な言動についての小説です。
人は誰でもアサッテ的な行動をとるものだと思っています。
少なくとも自分は誰も見ていないときに
確かにアサッテ的行動をとります。

小説をかなり長い時間で分断して読んだので、
深いところは分からずじまいでした。

2007年7月12日木曜日

フューチャリスト宣言


「フューチャリスト宣言」を読破です。
インターネットの可能性をかなり楽観的にとらえて書いてある本です。
できる2人の対談であるため、できる人視点ですので、僕みたいな凡人が読むとあまり楽観視できないように思います。
このまま個人戦が拡大していくと、格差はもっと大きくなっていきそうな予感がしました。
向上心がある人にとっては、望ましいツールであるインターネットですが、果たして人類を豊かにするためのツールになり得るかは分からないのかも知れません。
もっと画期的な使い方があると期待しています。

2007年7月7日土曜日

がんとどう向き合うか


最近、富に忙しくブログを更新する余裕すらありません。そんな中、「癌」についての本を読みました。前回読んだ本と通ず部分が多々あります。身近で起こったことから最近、自分の死についてよく考えます。
事故もなくこのまま生きていけば、おそらくは癌になるのだろうと思います。癌とはそれくらい日常的な病気でほとんど老化と同意なのではないかと思います。それでも、癌にはなりなくないし、まだ死にたくもありません。自分が死ぬことについて強く意識することもできないです。ただひたすらに恐怖を覚えるのみです。30歳とはその程度で死生観では駄目なのかもしれませんが・・・。とりあえず、タバコはやめました。死ぬのが怖いのもありますが、折角の命を自分自身わかっていながら縮めるのは、親や周りの人に申し訳ない気持ちになりました。
今はまだ、僕の中で成熟していない死生観を早く見つける必要を感じます。

2007年5月30日水曜日

がんのウソと真実 医者が言いたくて、言えなかったこと

最近、がんという病気を身近に感じ、「がんのウソと真実」という本を読みました。一昔前に比べると、がんの治癒率は上昇し、5年後の予後は50パーセント程度まで上がっているのだそうです。それでも、がんを告知されるということは、近い将来に死が近づいているということには変わりないのではないのだと思います。とりあえずは、直っても一度がんになったということは、いづれ再発する可能性が高いということだからです。
基本的には、末期がんや高度進行がんを告知された場合にどのようにして余命を過ごすべきかについて書かれていました。ある意味で死を宣告された時にどのようにして死を受け入れ、余生を過ごすかは大きな問題です。かなり多くの人ががんで亡くなっていることを考えると人事ではないのです。死期が近づいた時に、何か1つでも自分がやりたかったことを成し遂げていれば、死に対する許容力は上がるのかもしれません。
しかし、若くしてガンになるということは、周りの人に少なからず悲しい思いをさせてしまします。いくら自分は自分の人生にくいがなくても周りの人は心配し、悲しむのです。
僕は親しい人に心配を掛けたり、悲しい思いをさせたくないので、とりあえず、タバコをやめてみました。自分にできる範囲で健康には気をつける必要があります。そうすれば、後は死ぬまでにやるべきことをやるだけです。

2007年2月25日日曜日

ひとり日和

ひとり日和」を読みました。芥川賞くらいは、とりあえず読んでおこうと思い、ここ5年分くらいは読んでいます。今回の「ひとり日和」は、驚くほどに平凡な設定でした。人との関係をどのように持つことが自分にも相手にも良いのかということが主題なのだろうと思います。すごく共感を持てるところがありました。登場人物すべての人の心理描写がうまくて、それぞれの人に感情移入できる作品です。






出版社/著者からの内容紹介
人っていやね......人は去っていくからね。
20歳の知寿が居候することになったのは、 母の知り合いである71歳・吟子さん
の家。
駅のホームが見える小さな平屋で暮らし始めた私は、キオスクで働き、
恋をし、吟子さんとホースケさんの恋にあてられ、少しずつ成長していく。
選考委員が絶賛した第136回芥川賞受賞作。

著者について
1983年、埼玉県出身。2005年「窓の灯」で第42回文藝賞を受賞し、デビュー。
2007年、『ひとり日和』で第131回芥川賞を受賞する。

2007年1月24日水曜日

時間はどこで生まれたのか

時間はどこで生まれたのか」を読了です。
著者、橋元純一郎さんは、物理の先生です。
詳しくは、氏のサイトを参照下さい。
著者の話が上手なのかすごく楽しく読むことが出来ました。
大まかなストーリーは、哲学的な時間の定義を現代科学の観点から定義し直そうとするものです。

哲学者マクタガードの思想から、時間をA系列、B系列、C系列と分類しています。A系列とは、主観的な過去から現在、未来へと流れる時間です。B系列とは、客観的な時間で、過去から現在を現した歴史年表のような時間です。C系列とは、ただ出来事の配列で過去や現在、未来などなくすべてが並列にある間隔です。

初めに相対性理論の時間概念についてですが、時間は実数空間で現し、空間は虚数空間で現す時空の中で現されています。光の速さを基準にして、光よりも遅い部分に関しては過去・現在・未来の流れが成立しているます。ここで大事なことは、光を絶対的な基準として、時空を考えると、他人と同じ時空を共有することが出来ないと言うことです。時空はミンコフスキー空間で現されます。ミンコフスキー空間とは、ユーグリット空間で現すことができない相対性理論の幾何学を、4次元の多様体として統合し記述した空間です。

次に量子論的な時間概念ですが、結論からいうと量子的なミクロの世界では時間は存在しません。ミクロの世界では、温度も色も存在しないのと同じように時間も実存しないそうです。不確定性理論から導かれてますが、直感的に分かりませんので、勉強が必要です。時間と空間が実存しないミクロの正解では、因果関係が存在しません。これを図で現すとファインマン図形になります。ミクロの世界の時間はC系列と言えます。繰り返し述べられていたことは、時間や温度などの物理量は、ミクロの世界では存在せず、マクロの物質で測定することで初めて表に現れて来るということです。

そんなわけで、時間はミクロの世界で生まれたのではなく、マクロの世界で生まれたという事が結論です。

しかし、A系列の主観的な時間系はどのように定義づけることができるのかという回答については、エントロピー増大の法則が関係しているそうです。エントロピー増大の法則とは、マクロの世界では、秩序のない方向に進んでいくという法則です。しかも、エントロピー増大の法則は、可逆的でないそうです。例えば、意志的で無ければ、机の上はどんどん散らかってきます。これは、エントロピーが増大しています。

長くなったので、後は自分で読んで下さい。

この本でなるほどと思ったことがいくつかあります。
一つは、時間や空間は共有できないという、相対性理論の時空間があるために、
住宅は一室空間になっているのではないかと、勝手に納得しました。
量子論では、ミクロの正解ではC系列の時間系であるという事実からは、
一昔前に流行ったスーパーフラットなすべてを並列に扱うようなプランは
この間隔から生まれたのではないかと勝手に納得しました。

量子論からは、ミクロの世界を住宅という最小限の建築に当てはめて、新しい発想がないかと思ってみたり。
エントロピーが小さい状態を秩序がある状態だとすると、建築が時間の流れに逆らって、エントロピーが小さい秩序的な物を想像していることだと思ってみたり。
逆にエントロピーの大きい無秩序な建築とは何だろうと思ってみたりしました。

かなり、面白く読めたのでお勧めです。
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